Lesson 2

人工知能(AI)概論

Lesson 2 Chapter 1
特化型AI、汎用型AI

みなさんはこれから、AIの仕組みや用いられている技術、また世界でAIがどのように使われているかということなどを学んでいきますが、 その前に、そもそもAIとはどういったもので、どのように研究され分類されてきたのかを知っておく必要があります。 どんなことを学ぶ際にも、最初にまず学びの対象となるもののことをある程度俯瞰しておくことは、今後の学習の見通しを良くするためにも重要です。 Lesson 2 を通してAIに関する基本的な概念を身に着けておきましょう。

まず、AIには、歴史的にいくつかの分類の仕方があります。ここでは特化型AIと汎用型AIという分類について説明します。

特化型AI

まず特化型AIとは、ある特定の分野におけるタスクを処理することに特化したAIのことです。現在さまざまな特化型AIが存在し、世の中で実際に使われています。

例えば、自動翻訳ソフトは「言語間の翻訳」というタスクに特化した特化型AIということができます。またボードゲームで対局することに特化したAI、画像を分類することに特化したAIなど、特化型AIの種類は多岐にわたります。

汎用型AI

続いて汎用型AIとは、特化型AIの逆で、特定の分野に限定されないさまざまなタスクを処理できるようなAIのことを指します。我々人間も限られた範囲のタスクを行うだけではなく、臨機応変に色んな物事に対処できます。よって汎用型AIはより人間に近い知能を持つAIということができます。

AIの研究においては、人間の知能に近い存在としての汎用型のAIを作ることが最終的な目標に据えられてきたという経緯があります。 しかし現在に至るまで、タスクをより柔軟にこなせるAIの研究は進んできているものの、それらはいずれにせよ特化型AIに分類されるものであり、 一般的な意味での汎用型AIは未だに実現していません。 またいつ頃実現できるようになるのかというのも色々な予測の仕方があり定かではなく、 汎用型AIを作るための研究はこれからしばらくの間続いていく見込みです。

Lesson 2 Chapter 2
強いAI、弱いAI

Chapter1で学んだ特化型・汎用型以外のAIの分類として、強いAIと弱いAIというものがあります。

強いAI

強いAIとは、人間のように自意識を持ち、人間が全認知能力をもってして初めて行えるようなタスクをも処理できるようなAIのことです。人間の知能に迫る、あるいはそれを超えたAIのことであるともいえます。

よくSF映画などに出てくるような、まるで人間のように推論、問題解決、意思決定、知覚、学習などといったことをこなすAIは、現実世界での強いAIの例になっています。

弱いAI

反対に、弱いAIとは、人間のような自意識や知能を持っていないが、特定の分野のタスクにおいては良い性能を発揮するようなAIのことです。

強いAIの実現はAIの研究の中でも重要なテーマですが、現在の身の回りのAIはいずれも弱いAIに分類されます。 人間のような意識を持ったAIが誕生すれば、あらゆる業界でのAIの利用可能性は著しく上昇し、ますます我々の生活は豊かになっていくと考えられますが、 その誕生までには依然として長い道のりが必要です。 汎用型AIと同様、これからも強いAIの実現のための研究が続いていくことでしょう。

AIの分類の仕方の違い

上記の説明を読んで、「特化型・汎用型」による区別と「強い・弱い」による区別における違いがわからないという方もいるかもしれません。 実際、これらの分類がほとんど同じものとみなされたり、混同されているケースはあります。 あえて分類の仕方にどのような違いがあるのかを述べると、「特化型・汎用型」による区別では単に処理できるタスクの範囲の違いに注目しているのに対し、「強い・弱い」による区別ではAIが人間に似た知能や自意識を持っているかどうかに注目しているという、焦点の違いがあります。

Lesson 2 Chapter 3
専門家による人工知能の定義

ここまでAIの分類について学んできましたが、そもそもAI(人工知能、Artificial Intelligence)の定義はどのようになるのでしょうか。 実は、これまで長い間AIの研究がなされてきているにも関わらず、統一的に用いられる明確な定義は存在しません。 そのことを認識するためにも、ここでは、AIの専門家によるいくつかの定義を提示します。

専門家
(敬称略)
所属 定義
松尾 豊 東京大学大学院工業系研究科准教授 人工的につくられた人間のような知能、ないしはそれをつくる技術
西田 豊明 京都大学大学院情報学研究科教授 「知能を持つメカ」ないしは「心を持つメカ」である
長尾 真 京都大学名誉教授 人間の頭脳活動を極限までシミュレートするシステムである
山口 高平 慶應義塾大学理工学部教授 人の知的な振る舞いを模倣・支援・超越するための構成的システム
浅田 稔 大阪大学大学院工学研究科教授 知能の定義が明確でないので、人工知能を明確に定義できない
出典:松尾豊「人工知能は人間を超えるか」(KADOKAWA)p.45

これらを見ると、専門家の間でも意見が割れており、人工知能に明確な定義を与えることは難しそうだとわかるでしょう。 その理由としては、研究が進むにつれAIという言葉の指す対象は多岐にわたるようになってきており、 何らかの固定された定義を与えてしまうといずれその定義は現実世界のAIと適合しなくなってしまう、という事情があると考えられます。

とはいえ、AIに誰もが納得できるような明確な定義を与えることができれば、私たちの間でAIに対する共通の認識を持つことになり、より協調してAIの研究を進めていくことができるでしょう。 ぜひみなさんも自分で人工知能の定義を考えてみると理解が深まって良いかもしれません。

Lesson 2 Chapter 4
ロボットとAIの違い

AIと聞いたとき、みなさんは何らかのタスク(例えば物を運ぶ、料理をする、など)を自律的に行うようなロボットを思い浮かべるかもしれません。 実際、ロボットとAIとの間には強い結びつきがありますが、これらはどのように区別されるのでしょうか。

先ほどAIの定義に明確なものはないと述べましたが、それはロボットについても同様です。したがって区別を与えることはある意味不可能であるともいえます。

その上であえて一般的に受け入れられやすい区別の仕方を述べるならば、AIは単にソフトウェアとしての知能であるのに対し、ロボットはハードウェアとしての物理的な実体をも持った機械である、ということになります。 AIは、それ単体では物理的な実体を持たないので、環境(我々の住む世界のことと捉えてもらって構いません)とのやり取りはできません。 一方ロボットは実体を持つので、環境の中を移動したり、オブジェクトを操作したりといった環境との間の相互作用を引き起こすことが可能になります。これは物理的存在としての人間にもあてはまります。 そしてそのロボットの動きを決めるのが何らかの知能で、代表的にはAIということになります。

まとめると、AIは、機械やコンピュータプログラムに知的なタスクを実行する能力を与えるソフトウェアで、ロボットは、AIによって制御される物理的な機械ということになります。 私たちがこの教材を通して学んでいくのは、物理的なロボットの仕組みや構造などではなく、ソフトウェアとしてのAIであるということに注意してください。

Lesson 2 Chapter 5
AIの4つのレベル

AIには、その能力の観点から4つのレベル(段階)が設けられています。それらを順に説明します。

レベル1:単純制御アルゴリズム

単純制御アルゴリズムによるAIは、予め与えられたプログラム制御にもとづいて行動するAIです。このようなAIは日常生活に登場する機会が多いです。 例えば外気温によって設定温度などをコントロールするエアコンや、投入された金額や押されたボタンによってどの商品を出すか決める自動販売機などです。

こういったものはありふれており、仕組みもかなり単純なため、AIと呼ぶのはやや大げさに感じるかもしれませんが、最も単純なAIのレベルはこのようなものを指します。

レベル2:ルールベースの推論プログラム

次のレベルは、ルールベースの推論プログラムと呼ばれるもので、これは専門家の知識や経験に基づいて問題を解決するために使用されます。 ある分野における知識や経験を事前に行動パターンとしてAIに組み込むことで、まるでその分野の専門家であるかのようにAIが振る舞うことが期待されます。 大事なことは、この知識や経験は、人間が自分の手で発見したものを組み込まなくてはいけない点です。

例としては、医療診断システムが挙げられます。医療の専門家が持つ疾患などに関する知識をパターン(ルール)としてAIに組み込むことで、患者の症状が与えられたら最適な診断結果を出力してくれるようにします。 しかし複雑な医療分野ではパターンがあまりにも多く、ルールベースでのAIがいつも期待通りに動くようにするのは難しいと考えられます。

レベル3:機械学習

ここからが一般的にイメージされるAIに近いものになるかと思います。機械学習とは、大量のデータ(ビッグデータと呼ばれます)を処理し、そのデータから学習して、AIが未知のデータについて何らかの判断をすることができるようにすることです。

レベル2までとの大きな違いは、AIが自動的に学習するので、行動パターンを人の手で組み込む必要がないことです。これによりAIはかなり複雑なことにも対処できる可能性が生まれます。

一般的に、機械学習は3つに分類されます。教師あり学習、教師なし学習、強化学習です。これらについては Lesson 3 で詳しく説明します。

レベル4:深層学習(ディープラーニング)

深層学習が、今最も研究されているAIのレベルと言っていいでしょう。分類的にはレベル3の機械学習の1つなのですが、そのあまりの性能の良さにAIのレベルとしては別に設けられています。

深層学習とは、多層のニューラルネットワークというものを用いた機械学習です。大量のデータを用いて自動的に特徴量を抽出し、高度な分類や予測を行うことができます。特徴量の抽出に着目して、表現学習とも呼ばれます。

詳しくは Lesson 4 で解説します。

Lesson 2 Chapter 6
AIの歴史

AIの研究は、実は60年以上前から始まっていました。そしてその研究の歴史はいくつかの流行り、ブームに分かれて説明されます。時系列順に見ていきましょう。

第1次AIブーム(1956〜1960年代):探索・推論の時代

AIの歴史は、1956年のダートマス会議で「人工知能」という言葉が初めて使われたことから始まります。

コンピューターによる「探索」・「推論」が可能となり、特定の問題を解かせることができるようになったことから、第1次AIブームが始まりました。実際、簡単な数学の定理の証明や、迷路の探索などはできていました。

しかし、現実社会にある複雑な問題を解くことはできないということがわかり、第1次AIブームは終焉を迎えます。AIに対する失望感が世界に広がり、1970年頃からしばらくの期間、AIの研究が衰退した冬の時代になりました。

第2次AIブーム(1980年代):知識の時代

しばらくして、1980年代に、再びAIの研究が盛んになりました。 コンピューターが推論するために必要なさまざまな情報を、コンピューターが認識できる形で記述したものを「知識」として与えることで、専門家のように振る舞うシステム、エキスパートシステムが多数生み出されました。

このエキスパートシステムは実用可能な水準に達することもあり、第2次AIブームを巻き起こすことになりました。しかし、処理するタスクによっては与えなければならない知識が非常に膨大になってしまい、それらをコンピュータが認識できるように記述するのは困難ということがわかってきました。

エキスパートシステムの限界が明らかになり、1990年代頃からAI研究は再び冬の時代に入りました。

第3次AIブーム(2013年〜):機械学習・表現学習の時代

2010年代頃から、ビッグデータを用いた機械学習・表現学習により、AIが自動で学習して知識を獲得するようになったため、またもAIブームが起き、これが現在まで続いてきています。

この第3次AIブームによって、画像認識や音声認識、自然言語処理など、AIを適用できる分野の幅が大きく広がり、またその発展のスピードは、2023年現在とどまるところを知りません。

第3次AIブームの要因

深層学習が提唱されたのは2006年です。しかし、深層学習の根幹たるニューラルネットワークは、実は第1次AIブームのころから考案されていました。 それにもかかわらず、2000年代になるまで深層学習が用いられなかったのは、それまでの技術力では多層のニューラルネットワークを学習させることが非常に困難だったことが理由の一つと考えられます。 インターネットの普及によってビッグデータを収集することが容易になったり、コンピュータの性能が上がって計算速度が向上してきたことにより、その困難は解決されてきました。
このように、AIの発展には、どんな手法を用いるべきかという発想だけでなく、それを裏から支える技術力の発展が不可欠です。

Lesson 2 Chapter 7
AIの倫理問題と社会問題

AIの発展は素晴らしいものですが、手放しに喜べるものではありません。我々はAIを用いることの陰に潜む問題点を理解し、配慮していかなければなりません。

AIの倫理

AIは今や医療、農業、行政、製造業、スポーツなど、非常に多くの分野で利用されており、逆にAIが世界的に全く利用されていない分野を見つけるのが難しいほどです。 このことにより、AIを利用することによる倫理的問題がいたるところで指摘されています。

例えば、やや極論になりますが、医療的判断をすべてAIに任せてしまった場合のことを考えてみましょう。誰にだってミスはあるものですが、それは(今のところ)AIも同じです。 もしかしたらAIは患者に対して施すべき治療を間違えてしまい、その結果患者の生命が危機にさらされてしまうかもしれません。このようなとき、誰が責任をとるべきなのでしょうか。 そのAIを採用した病院でしょうか。そのAIを開発した研究者でしょうか。あるいは、AIそのものでしょうか。AIを用いる現場ではこういった責任問題が生じえます。

また、AIにある集団の人々の言葉をたくさん学習させたとき、もしその集団が何らかの偏見を持っていたとすると、学習したAIは差別的な発言をしてしまう可能性もあります。その発言の責任の所在を問う際にも問題が生じます。

これらの問題を避けるためには、AIを作る人と使う人の両方のための、国際的なレベルでの合意が取れるような、AIの倫理に関するガイドラインが不可欠です。

そのようなガイドラインはいくつかあります。例えば、日本の内閣府に設置された「人間中心のAI社会原則検討会議」において「人間中心のAI社会原則」というガイドラインが公開されました。 他にも、米国電気電子学会(IEEE)による Ethically Aligned Design(EAD)、EU による Ethics guidelines for trustworthy AI があります。

私たちは、こういったガイドラインを参照し、どのようにAIを作り出して活用していくべきなのかを考えなくてはなりません。

AIによる社会問題

倫理的な問題以外にも、AIを利用するにあたっての問題はいくつもあります。

例えば、AIが人間の仕事を奪ってしまうというのは既に長らく議論されてきている問題です。 ある仕事がAIによってこなせるのであれば、企業側としては、人を雇用するよりもAIを導入した方が、コストがかからずに同等の業務が果たされるということになりえます。 そのような仕事、つまりAIで人間を置き換えられるような仕事が実際にある程度存在し、またその範囲がこれからどんどん広がっていくと考えられます。 近年のAIの発展を考えると、それは単純な仕事だけでなく、創造的・知的な仕事をもAIが奪ってしまう可能性が十分にあります。 このように、AIの利用によって雇用が減少してしまう問題に我々は向き合わなくてはいけません。

また、AIがビッグデータを扱うという特性上、セキュリティやプライバシーの問題も生じてきます。 AIが集めるデータの中に個人情報が入ってしまう可能性や、また集めてきたデータをどのように管理するかなど、考慮すべきことはたくさんあります。

シンギュラリティ

AI分野におけるシンギュラリティとは、AIが人類の知能を超える転換点(これを技術的特異点といいます)、あるいはそれにより人間の生活に大きな変化が起こるという概念のことを指します。

シンギュラリティがいつ起こるのかは定かではありませんが、そう遠くない未来に起こるという説が有力です。特に、2045年頃にシンギュラリティが到来するのではないかという説は2045年問題と呼ばれています。 ひとたび自律的に作動する優れたAIが完成してしまえば、再帰的にAI自身によるバージョンアップが繰り返され、人間の知能を遥かに超えた優秀な知能をもったAIが誕生するという仮説があります。 もしこの仮説が正しければ、あるときを境にして一気にAIの性能は向上し、我々の想像の範疇を逸脱した知能が誕生するのかもしれません。

さて、そのようなシンギュラリティが起きたとき、社会はどのように変化していくのでしょうか。それこそ我々の想像を超えているものになるでしょう。 現在のAI技術の発展スピードが速いのは間違いないですが、シンギュラリティ後のAIによる科学技術の発達スピードはそれを上回り、しかもどんどん加速していくでしょう。 そのとき、現在の社会問題はすべて解決されてしまうかもしれませんし、新たな社会問題が生じるかもしれません。

我々はシンギュラリティがいつ起こるのか、起きたらどうなっていくのかを考えながらAIの発達を観察していく必要があります。

AIの将来に向けて

ここまででAIにはさまざまな問題が潜んでいることがわかりました。AIの発達の早さやその結果が我々にとって未知数であるがゆえに、AIの将来に関してはわからないことだらけです。 それでも、AIを作り出してきた我々にはAIの将来についてしっかりと見つめ、どのような問題が起こりえるのか、その対策のためにどんなことをしなければならないのかを考えていく責任があります。

みなさんも、AIの技術的な側面について学ぶばかりでなく、こういった社会性のある問題についての知識も身に着け、将来を考えていけると良いでしょう。

Lesson 2 Chapter 8
AI、機械学習、深層学習の違い

Lesson 2では、人工知能概論ということで、AIに関するさまざまなことを学んできました。 これからAIの技術に関して詳しく学習していきますが、ここまでで学んだことはこれから先においても基本的かつ重要なことです。 それらを整理する意味でも、ここでAI、機械学習、深層学習といった大切な用語についてその違いを考えてみましょう。

AIについては、その定義は専門家の間でも割れているのでした。 それでも、Chapter 5で学んだAIの4つのレベルという観点から、機械学習・深層学習との違いを考えることはできます。 文脈にもよりますが、単にAIといったらレベル1~4までの全てを含みます。したがって、AIという概念はレベル3の機械学習およびレベル4の深層学習をいずれも包含しているものとわかります。

では機械学習と深層学習についてはどのように違うのでしょうか。深層学習は多層のニューラルネットワークを用いた機械学習なのでした。したがって機械学習という概念は深層学習を包含していることになります。

まとめると、深層学習は機械学習に含まれ、機械学習はAIに含まれるという、階層構造ができているとわかります。このこともしっかりを頭に入れておくとこれから学ぶことへの見通しが良くなるでしょう。

L2C8_hierarchy.svg AI・機械学習・深層学習の階層構造